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玉楠の木2009年05月20日 23時59分18秒

Y150のマスコットキャラクター「たねまる」は、横浜開港資料館の中庭にある「タマクスの木」の精。
安政元年(1854年)に日米和親条約がこの地で結ばれたという。

嘉永6年(1853年)6月3日、ペリー提督率いる黒船4隻が浦賀に到着した。
ペリーはアメリカ大統領フィルモアからの手紙を幕府へ渡し、開国・通商を求めたが、幕府側に1年の猶予を求められたため、来年また来日すると約束し、日本を去った。

1854年2月13日、ペリーは日本を脅すかのように7隻の戦艦を従えて来日、武装した海軍音楽隊とともに日本へアメリカの技術や軍事力の違いを見せ付けた。

幕府は、武蔵国久良岐郡横浜村字駒形(現横浜市中区の横浜開港資料館所在地)に応接所を設置し、約1ヶ月にわたる協議の末、全12箇条からなる日米和親条約を締結した。
今まで200年以上続いていた鎖国体制が、この出来事を機に開国の道を歩むこととなる。

当時からそこにあったのが、この玉楠の木。
日本を開国へと導いたペリーテイトくんの一部始終を見守っていたタマクスくんだが、大正12年の関東大震災で焼失してしまった。
しかし、その根は生き残り、新たな芽が出て現在の形になっている。

日本開国の全ては、ここから始まったのだ。

玉楠の木を見ようと、横浜開港資料館へ行った。
玉楠の木は、資料館の中庭に、建物に囲われるようにある。
資料館だから入館料200円を取られる。
100円玉2つを握りしめて、建物へ向かう。
右手にきれいな花が咲いている。
花を見て、ふと左を見ると、建物に蔦がはっている。
そのまま左手に蔦の絡まる建物を見て歩いていったら、ありゃ?出口だ。
そこから左へ廻り込んだら、玉楠の木があった。

なんだ、入館料いらないんだ!

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