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上野の冬牡丹と五重塔2019年01月14日 13時00分00秒

上野恩賜公園(上野公園)の中にある上野東照宮のぼたん苑で冬牡丹が見頃になっています。
上野東照宮の冬牡丹
開苑期間: 1月1日(火)~2月24日(日)
開苑時間: 午前9時30分~午後4時30分(入苑締切)
入苑料 : 大人(中学生以上)700円 団体600円(20名以上) 小学生以下無料

ぼたん苑からは国重要文化財に指定されている旧東叡山寛永寺五重塔を見ることが出来ます。
苑内にはソシンロウバイ(素心蝋梅)も鮮やかな黄色い花を咲かせています。
旧東叡山寛永寺五重塔

旧東叡山寛永寺五重塔は、現在恩賜上野動物園の敷地内にあります。
旧東叡山寛永寺五重塔
五重塔の傍には、樹高が10m以上ある、赤い実を撓(たわわ)に付けた木が青空に映えています。
旧東叡山寛永寺五重塔
近くを通る おばさま たちが「センリョウよ。」「マンリョウじゃないの?」と話していましたが、樹高が10m以上ある事と、葉っぱの形からモチノキ(黐の木)の仲間ではないかと思われます。
上野公園にはクロガネモチ(黒鉄黐)の木があると聞いたことがあるので、それかもしれません。

旧東叡山寛永寺五重塔の案内板です。長いですが、興味のある方はクリックして拡大してお読みください。そうでない方は飛ばしてください。
以下は転記です。
『寛永2年(1625)2代将軍徳川秀忠が天海僧正に上野忍ヶ岡の地に江戸幕府の安泰等を祈願する目的で創建されたのが東叡山寛永寺です。
当時その工事の総奉行をしていた老中土井大炊頭利勝(どいおおいのかみとしかつ)が寛永8年(1631)今の地に上野東照宮(1627造営)の一部として五重塔を創建寄進しました。
しかし、同16年(1639)火災により焼けてしまったので、直ちに日光東照宮を大改修した当時一流の建築家と言われた甲良豊後守宗広(こうらぶんごのかみむねひろ)らに命じて同年再建しました。
その後明治の神仏分離令により東叡山寛永寺の所属になっていたところ、昭和33年同寺より東京都に寄付されたものが今の塔です。
塔の高さは約32メートル(初層と呼ばれる第1層は約4メートル85センチ)です。
様式としては珍しいもので、江戸時代の多くの五重塔が初層から4層までを和風、最上層のみを唐様風とするのに対し、この塔は、全層が和風様式です。
また建物内部には心柱が塔の土台の上にしっかりと建てられ、塔の頂上にある青銅製の相輪まで貫いている構造になっています。心柱が釣られた懸垂式と呼ばれる建築構造が江戸時代の五重塔には多く見られる一方でこの塔は、土台にしっかりと建てられた桃山時代によくみられた建築構造になっています。
屋根は本瓦葺(第5層のみ銅瓦葺)を使用しています。
塔をよく見ると、初層上方の建物の桁を受ける支持材の蟇股に十二支が装飾され、各層の軒下角隅部には4頭ずつ龍の彫刻が配されています。
この塔は江戸初期を代表する優れた建築の1つであり、明治44年に国の重要文化財に指定されています。
なお、この塔の初層内部には心柱を大日如来にみたて、それを中心にして東寺大仏師法眼康猶(ほうがんこうゆう)の作と伝えられる弥勒・薬師・釈迦・阿弥陀の4仏が安置されていました。(現在4仏は東京国立博物館に寄託されています)』



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