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小柳徹のお墓 Vol.22011年03月20日 22時27分52秒

2006年9月22日付の「小柳徹のお墓」へのコメントが50件を超えた為、ASAHIネット側の制限でコメントの記入が出来なくなりました。
小柳徹さんを愛する皆様方の、沢山のコメント有難うございます。

3月24日の命日を間近にして、更に多くのコメントを戴き、皆様の輪を広げて行きたいと思います。
継続して本欄にコメントを寄せていただいておりましたが、「小柳徹 掲示板」を作りましたので、今後はこちらに統一して書き込みを戴きたいと思います。
過去のコメントも全て転載しましたので、よろしくお願いします。


小柳徹さんが亡くなられてから42年が過ぎようとしています。

3月11日に起きた東日本大震災の影響で、首都圏でもまだガソリンが購入しにくくなっています。
被災者の方々には心よりお見舞い申し上げます。

このような社会状況の中、正しい行動かどうかは分かりませんが、普通にガソリンが手に入るようなら、命日の3月24日、鎌倉霊園に行ってみようと思います(電車では1日がかりの小旅行になってしまうので)。

もし行けたら、後日写真と共にこの欄でご報告したいと思います。

小柳徹さんのお墓は、こちらの地図(鎌倉霊園HP)の朝比奈地区58区にあります。


追記

3月24日、小柳徹さんの43回忌です。お墓参りに行って来ました。
ウチの(妻も含めて)お墓が向かい側の区画にあるので立ち寄ったのですが、どっちがついで参りだか分からなくなってしまいました・・・

鎌倉霊園の朝比奈東門を入るとすぐ登り坂になります(霊園内です)。
左のモッコリ、いや、コンモリした植木の所が売店とトイレです。
右側は芝生霊園になっています。
鎌倉霊園

振り返って、入ってきた朝比奈東門側を見ました。車の右奥に見える、屋根の付いた白い所がバス停「朝比奈峠」です。
写真右の3段位の石段が上の写真の左側の石段です。
鎌倉霊園
この、売店手前の石段を入ります。
下が正面から見た写真です。
「第58地区1側」と書いてあります。
石段を上ってすぐ左に行くと小柳徹さんのお墓があります。
鎌倉霊園

周りに茂っていた植木が無くなって、すっきりしていました。
小柳徹さんのお墓

お墓は車の形をしています。
「真夜中の並木道」の歌詞が刻まれています。
小柳徹さんのお墓

右には「小柳徹」のサイン
小柳徹さんのお墓
左には略歴が。
小柳徹さんのお墓

左側の碑は、名刺受になっていました。
「ころんで痛い目に遇って ばかをみるのは自分一人 -徹-」
小柳徹さんのお墓

墓所の維持管理は基本的に使用者が行いますが、管理事務所に依頼すると代行サービスを行ってくれます。(有料)
小柳徹さんのお墓

売店でお花を買った時、売店の人から「今日、9時から10時の間にAさんがお参りに来られますよ」という話を聞いた。
頻繁にお墓参りに来られているとの事。

少しお墓の近くでウロウロしていたら、Aさんがいらっしゃった。
もちろんお会いするのは初めてだが、このブログに何度かコメントを戴いている方。

私は仕事にギリギリの時間だったのですぐお暇したが、両手で抱えるような大きな花束を持っていらしたので、今頃は、この写真とは違う見事な花に包まれていることだろう。

合掌


鎌倉霊園は、電車とバスを使うと大変な思いをしなくてはいけませんが、車だと横浜横須賀道路の朝比奈 I.C.からすぐなので、首都高速や横浜新道・第三京浜に直結していて、渋滞にあわなければ1時間足らずで東京都に入れます。
鎌倉霊園地図
地図は、「鎌倉霊園ニュース・恭花」という年に2回(お彼岸の前)送られてくる冊子からパクリました。ごめんなさい。


小柳徹のお墓(Vol.1)へ


小柳徹さんの掲示板を作りました。
今後の書き込みはこちらへお願いします。
過去に書いて戴いたコメントも移行しました。

2014年11月18日撮影。
小柳徹さんのお墓

コメント

_ 小川 ― 2011年03月21日 11時34分31秒

まずはコメントできるようにしていただき有難うございます。徹さんのメッセージですが彼は決して一人ではありません。多くの人の心の中に生きておられます。残念ながら近畿地方に住まいしておりすぐにはお墓にはいけませんがいつか必ず伺いたいと思っております。雅魚くんの記事も拝見しました。思いやりが伝わってまいります。今後ともよろしくお願いいたします。まさに以心伝心でした。有難うございます。

_ 管理人 ― 2011年03月21日 18時35分04秒

小川様、早速のコメントを有難うございます。

本欄も私の手を離れ、、静かな時と共に流れる穏やかな時空間が、小柳徹さんに関する真面目で心温まる皆様のご意見によって構成されています。

小柳徹さんを想う様々な方々の交流の場として少しでもお役に立てればと思います。
皆様の、誠意と思いやりのあるコメントに感謝いたします。

_ 小川 ― 2011年03月22日 22時39分11秒

お墓の案内までしていただき大変恐縮です。いつかきっと訪ね、報告させていただきます。何回読んでも新鮮です。不思議です。皆さんの気持ちが伝わってきてまいります。私を含め皆さんの支えになっているのですね。有難うございます。

_ グリ-ンのノ-ト ― 2011年03月24日 23時58分23秒

コメントができるようにしていただき感謝しています。
どうしたらよいか困っていました、本当に有難うございます。
昨日予約したお花をもって彼のお墓へ。
今日は彼の命日。43回忌にあたる。
あれから42年の長い月日が過ぎましたが、今でもたくさんの
方々がコメントされています。
楽しく拝見させていただいております。
当時の事や彼にまつわるいろいろな情報が知りたくて、
国会図書館やNHK放送博物館等に行き調べています。
いままで知らなかったことがわかったときはうれしいですね。
徹さんのひき合わせかHさんとお会いしました。もうすこし
お話がしたかったです。

_ 管理人 ― 2011年03月25日 01時09分16秒

グリーンのノート様
今日はお会いできて嬉しく思います。
売店の方に、今日いらっしゃると本名を伺った時にすぐ分かりました。

「グリーンのノート」。おしゃれなハンドルネームですね。
小柳徹さんに関しては、懐かしく思いますがあまり詳しく知らないので、すぐに理解できなくてすみませんでした。
真夜中の並木道のB面(懐かしい表現です)に収録されている曲ですね。

短い時間でしたがお話を聞かせていただき、有難うございました。
又お会いできる日を楽しみにしております。

_ 小川 ― 2011年03月25日 12時08分51秒

お会い出来てよかったですね。お墓の周辺詳しく載せていただき感謝いたします。私も徹さんは詳しくは知りません。コロの歌。ホームラン教室の歌。オラー三太だ花荻先生。が強烈に残っております。いつの日か皆さんとお会いしたいです。朝一番にこちらを発てば可能か知れません。いつかきっと。有難うございました。

_ 小川 ― 2011年03月28日 11時03分44秒

管理人さんへのお願い。小柳徹検索でほしのつぶやきには訪問できますが、こちらへの道筋をお願いできないでしょうか。多くの方につながってほしいと思います。よろしくお願いいたします。

_ ya.ya ― 2011年03月28日 14時32分48秒

 私は生活の都合上、「コロの物語」「ホームラン教室」そしてエノケンさんとの「お父さんの季節」を通しての小柳徹さんしか知りません。ですが、画面を通してまた、徹さんのご活躍を目にすることができると信じていました。それが・・・
 景山民夫さんの「転がる石のように」「どんな人生にも雨の日はある」を読みました。事故の様子があまりにも悲惨で、その痛々しさは私の想像をはるかに超えていて体が震えてしまいました。本当に残念です。
 いつかまたお墓に伺います。「コロの物語」を通して私を支えてくださった徹さん、亡くなった主人がやきもちを焼くまでたくさんお話をしましょう。

 声変わりをした徹さんの歌を、声を、無性に聴きたくなりました。「真夜中の並木道」「二人の散歩道」。レコードは聴けないのでCDかテープはないのでしょうか。
どのようなメロディでしょう。どんな歌い方でしょう。
 きっと私も大好きになる歌でしょうね。

_ 管理人 ― 2011年03月28日 20時56分04秒

小川様へ
いつもコメントを有難うございます。
「小柳徹」で検索した場合「小柳徹のお墓 Vol.2:ほしのつぶやき」というタイトルで、検索エンジンからこちらのページへジャンプすることが出来ますが、残念ながら「Yahoo」「Google」共に、3月28日現在2ページ目の1番下にあります。
2ページ目か3ページ目を探していただくと見つかると思います。
上の方に表示させるには、検索エンジンでは、アクセス数が多い順番で並んでいると聞きますので、皆様の検索エンジンからのアクセス数に頼るしかありません !(^^)!
一定時間内に同じパソコンから何回アクセスしても、カウントはあくまで「1回」ですので、操作してアクセス数を増やすことは難しいようです。
ご了承下さい。

Vol.2でもコメントが50件を超えるようでしたら、別途「小柳徹の掲示板」の立ち上げを考えます。
よろしくお願いします。

_ 管理人 ― 2011年03月29日 14時17分03秒

ブログ上のコメント欄では制約が多い為、本ブログを離れて、「小柳徹 掲示板」を作りました。
書き込み場所が複数になると混乱しますので、以後は掲示板の方への書き込みをよろしくお願い致します。

皆様の心温まるコメントは全て掲示板の方にコピーさせていただきました。
http://t-koyanagi.bbs.fc2.com/
無料掲示板の為、広告が入ってしまう事、ご容赦下さい。
又、掲示板形式の為、慣れるまでは使いにくいかもしれませんが、編集/削除キーを設定すれば投稿後の編集も可能ですし、画像も投稿出来ますのでご利用下さい。

本ブログの左上にもバナーを貼りましたので、ご利用下さい。

_ グリ-ンのノ-ト ― 2011年04月02日 19時11分02秒

管理人様
書き込みが慣れていないため文字がずれてしまいました。
慣れるまでこちらでよろしいでしょうか?

_ 管理人 ― 2011年04月05日 15時12分32秒

グリーンのノート様
お返事が遅くなってすみません。

「小柳徹のお墓:ほしのつぶやき」への書き込みが出来なくなって、始めてコメント数に最大50件の制限が有る事を知りました。
引き続き「Part2」にコメントを書き込める様にしましたが、検索サイトから直接入りにくくなったというご意見を頂戴しました。
検索サイトではそのサイトからのアクセス数が多い順に表示されますので、新規に立ち上げたサイトは後ろの方の表示になってしまいます。
広く、多くの方と交流したいという小川様のご意見を尊重し、書き込み数制限の無い「小柳徹 掲示板」を立ち上げました。
「小柳徹 掲示板」も検索サイトからのアクセス数が増えれば、検索サイトの上位に表示されると思います。

書き込み欄を掲示板1本に絞ることにより、皆様の貴重な投稿が分散されることの無い様努力しておりますので、ご理解いただきご活用下さい。

編集/削除キーにパスワードを入れて投稿していただければ、何回でも投稿後に編集が出来ます。削除も可能です。
編集/削除はその記事の投稿者(パスワード)と管理人以外は出来ませんのでご安心下さい。
暇な時にでも試して遊んでいただければと思います。

尚、「返信」から投稿されますと、トピック(親)記事に対するレス(返信)記事として扱われますので、トピック=親記事が消去された時には一緒に消去されてしまいます。
「返信」ボタンは使わず、「新規投稿」から投稿されることをお奨め致します。


検索サイトから入られた方へ!
記事の分散を避けるため、投稿は
http://t-koyanagi.bbs.fc2.com/ 「小柳徹 掲示板」へお願いいたします。

小柳徹を想う方々に末永くお使い頂けることを願っております。

_ グリ-ンのノ-ト ― 2011年04月05日 21時56分57秒

管理人様
 有難うございます。
 これからは、掲示板の方へ書き込みさせていただきます。
 彼のことについて、国会図書館等で調べた事や、当時の
 事、以前投稿されたことを含めて、知っている事を書いて
 いきたいと思います。
 知らない事もいっぱいあると思います。
 その時は、教えて下さる様お願い致します。

_ 西田義孝 ― 2012年05月13日 10時13分19秒

小柳 徹さん。交通事故で亡くなったのを知ったのは、私が中学3年生の時でした。彼はかっこよかったですね。たしかスポーツ万能で、彼の大車輪を見た記憶があります。それから、小学生のときに講堂で「ゲンと不動明王」という映画を観て、なぜか今でも、その映画のことを思い出すことがあります。三船敏郎 演ずる「不動明王」が「ゲン」を叱り飛ばし、元気を出して強くなれと言ってましたね。期しくも、私の一番上の兄と同い年で、兄も若くして交通事故で妻子を残して亡くなりました。6月のある日の未明のことです。ですから、小柳さんのことが、よく頭に浮かんでくるのでしょうか。兄が亡くなって27年になります。

_ 別所康広 ― 2013年01月30日 03時50分24秒

私は故小柳徹と同じS23年生まれ、彼も元気であれば、私位の年齢になっているのですね。私の少年時代のテレビの思い出は【ジェスチャー】【ポンポン大将】【ホームラン教室】です。中でも【ホームラン教室】には特別な思い入れがありました。アンパン(小柳)ガリ、ネズミ、ミ-(アンパンノ妹)などの愛称の野球好きな小学生でした。私の少年時代の強烈なテレビの思い出です。その後、小柳徹が自動車事故に遭遇、惜しい命を失いました。本当に残念です。小柳徹氏の冥福をお祈り申しあげます。

_ 管理人 ― 2013年01月30日 19時01分23秒

別所様、コメントを有り難うございます。
http://t-koyanagi.bbs.fc2.com/  「小柳徹掲示板」にもご意見をお寄せ下さい。

_ 忍 ― 2014年11月21日 07時37分54秒

久しぶりに見させて頂きました。
いつも小柳徹のためにブログを管理していただきありがとうございます。
引っ越しをしたりバタバタと生活の変化に追われていまして、親戚でありながらも、海外在住のためになかなかお墓に行かれず・・・
皆様のコメントを感謝しながら読ませて頂きました。

_ 管理人 ― 2014年11月21日 19時38分25秒

忍さま、コメントを有り難うございます。

2014年11月18日(今日から3日前)に撮影したお墓の写真がありましたので、ブログ記事の最後に掲載しておきました。

_ 小川泰文 ― 2014年12月23日 08時14分15秒

いつも有難うございます。見ているようで見ていないのですね。
最新のお墓の状況有難うございます。この日は、私のメモリアルの日でもあります。

_ 思い出ありがとう緑 ― 2015年02月11日 00時36分14秒

私は亡くなられた後の徹子の部屋を学校に行って見られませんでした悲しかったです

_ 梅澤忠実 ― 2016年05月08日 15時27分45秒

小柳徹のいとこの梅澤忠実と申します。小柳徹について色々とお骨折りを頂き有難う御座います。私の姉(忍)からこちらのサイトについて聞いたため拝見させて頂きました。今日は姉と徹兄さんの母澄江の見舞いに行ってきました。その道中こちらのサイトの話を聞き、連絡させて頂きました。今後ともよろしくお願い致します。

_ サイト管理人 ― 2016年05月08日 19時15分58秒

梅澤忠実様、コメントをありがとうございます。

このサイトのコメント容量のキャパシティーを超えてしまった為、小柳徹さんに関する掲示板を作って、そちらにご意見の交換の場を設けております。
そちらもご覧いただければ嬉しく思います。

小柳徹 掲示板
http://t-koyanagi.bbs.fc2.com/

_ 上坊 哲雄 ― 2016年08月31日 00時21分08秒

初めて御便りさせて戴きます。

僕にとっての「小柳 徹」さんは
「ヤング720」当時のカッコイイ兄貴!
姉2人の中で育った僕は、男兄弟に憧れて居ました。
容姿・車・何を取っても「あんな風に成りたい!」と
リスペクトしてました。
番組で紹介された「真夜中の並木道」即効でレコード店へ!
発表されて間も無く・・・
「お父様への誕生日プレゼントを取りに戻られた途中で
帰らぬ人と、、親思いな方でしたネ。
奇しくも遺作に成ってしまいましたが、僕にとって今でも
大切な一曲です。

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